税所(さいしょ)の日記

IQ122(全検査数値)の高機能自閉症”グレーゾーン”の頭の中身。

大阪・まほうびん記念館はアートみたいに楽しめます

魔法瓶といえば象印です。

象印の本社は大阪市北区天満にあります。

 

この本社の中に、まほうびん記念館があります。前日までの予約で無料で一般公開しています。

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なお、最寄駅は環状線の天満駅ではなくて、地下鉄の南森町かJR大阪天満宮です。

環状線の天満駅からはかなり遠いです。

 

本社の一階の受付で電話すると、案内の方がすぐ隣にある記念館に案内し、音声ガイド付きのタブレットも貸してくれます。

 

まずは、魔法瓶の原理の勉強からです。

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真空が熱を通さないことを発見したのが、魔法瓶の始まりだそうです。


イギリス人のサー・ジェームズ・デュワーが1892年に科学実験用の真空フラスコを発明しました。

 

そして、これを家庭用への発展させたのがドイツ人のバーガーとアッシェンブレナーです。バーガー達の製品は「Thermos」の原型となりました。


日本では、1908年頃に輸入を開始しましたが、1918年に象印が、1923年にタイガー魔法瓶が創業しました。

 

驚いたのは、両社は1930年代には輸出を始め、海外の方が国内需要より大きかったとのことです。


主な輸出先は台湾・満州などで、輸出中心で発展したそうです。

 

さて、記念館といってもこじんまりしたスペースで、10分ほどでほぼ見終わります。

 

ただし、記念館の一番奥にある、さまざまなデザインの魔法瓶が展示されている、「まほうびんの森」がとても良かったです。

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税所が気に入ったデザイン(製品)をご紹介します。

 

まずは、パブみたいな柄。

キッチンに置いたら一気に酒場感が出そうですね。

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アラジンの魔法のランプ風。

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昭和の台所に必ずあった感じのデザイン、と思いきやゴッホでした!
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エジプト風デザインはアイスペールとセット。
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サントリーとのタイアップでしょうか。
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これはもはやモダンアートの領域ですね。
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酒ボトルって、熱燗を入れるってことでしょうか?
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有田焼はさすが、厳重にケースに入っています。
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山本寛斎?とのコラボでしょうか。
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猫ちゃんがかわいい藤城清治のアート。
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鉄板ディズニーとのコラボです。
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花柄のデザインについて、来場者に人気投票してもらい、左から1位、2位、3位だそうです。

なお、税所は3位が好きです。
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ヴォーグとのコラボ、おしゃれです!
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マスコウィッツのペンギンもかわいい‼️
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ダッシーの花柄だそうです。
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以上、アートミュージアムのように楽しめました。

 

現在の魔法瓶やケトルなどの製品はシンプルでシックなデザインが圧倒的に主流です。

 

モダンなデザインも好きですが、だからこそ、こういうデザインも限定復刻版として売ったら人気が高いと思います。

 

象印のまほうびん記念館、大阪観光の一つとして良いと思います。

 

帰りにはマスキングテープのプレゼントももらいました。象印さん、ありがとうございました。

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大阪城も近いです。

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障害者アートの希望と見失いたくない点と

知的障害のある人々のアート作品を活用し、「福祉×アート×ビジネス」の新しい価値を創造するスタートアップ企業の1つが、岩手発の社会的企業「ヘラルボニー」だ。

 

へラルボニーは、知的障害などを持つ人々の描く絵などをアートとして世の中に提示し、さらに企業とのコラボレーションを通じて、新しい市場を切り開いている。

 

その活動は、障害者支援を一過性の慈善事業や福祉事業ではなく、新たな文化や経済の領域へと昇華させた功績は、大きな評価に値する。

まさに新しいオーシャンを開拓したと言えるだろう。

 

しかし、同時に見落としてはいけないことを感じるのだ。

 

それは「障害者アート」という活動が、結局は、障害者の世界にも、才能や成果に基づく“メリトクラシー(能力主義)”の論理を、知らず知らずのうちに持ち込んでいるのではないか、という懸念だ。

 

社会の注目を浴びる作品を生み出すことのできる障害者は脚光を浴びる。

 

企業とコラボレーションできるようなアートを生み出す障害者は対価をもらえる。

 

しかし、アートに馴染まない人、あるいは表現を不得意とする障害のある人は、その輪から外れてしまう。

 

アートを通じた社会参加は美しい物語だ。

 

しかし、その物語に入り込めない大多数の障害者にとっては、むしろ「居場所のなさ」を突きつけられる場面もあるのではないか。

 

もちろん、ヘラルボニー自身は決して「選別」や「排除」を目的としているわけではない。

 

むしろ彼らは、障害を持つ人の個性や表現を最大限に尊重し、社会とつなぐことを使命としている。

 

それでも、市場の論理が入る以上、どうしても“商品として成立する作品”が選ばれる。そこには不可避的に「価値の差」が生まれてしまう。

 

その差は、芸術に関心のない障害者や、他の領域で生きづらさを抱える人にとって、「自分には居場所がない」という感覚を生じさせてしまうのではないか。

 

ヘラルボニーを通じて、多くの作品を生み出している障害者が通所している施設が、滋賀県にあるやまなみ工房だ。

 

やまなみ工房の山下施設長は「我々はとにかく障害者にとって居心地の良い場所を提供しようとしているだけ」とインタビューなどで強調している。

 

そこには「才能」や「成果」といった外部の評価軸を持ち込まず、まずは本人が安心して日々を過ごせる空間を守りたいという姿勢がにじむ。

 

そして、その発言の背景には、おそらく“メリトクラシーを障害者の環境に持ち込みたくない”という強い潜在意識があるのではないか。

 

施設長として日々障害者と接しているからこそ、このような意識を一番強く感じているのが山下氏のような関係者なのだと思う。

 

アートという手段が社会を開き、障害者に新しい可能性をもたらすことは素晴らしい。

 

だが同時に、「アートに馴染めない障害者はどうなるのか?」という問いが消えない。

 

障害者施設の日常は、暴力や多動、糞尿処理といった、華やかな舞台には決して乗らない現実がある。

 

それらはアートの力で直接的に解決されるわけではない。もちろん、アート収益の一部が福祉現場に還元され、金銭的な支えになることは確かに意味がある。

 

だが、障害者とその家族や支援者の根本にある「しんどさ」や「ケアの負担」がすべて消えるわけではない。

 

社会にインパクトを与える成功事例が増えるほど、その裏側で静かに取り残される人の存在をどう受け止めるかが問われていく。

 

アートの舞台に立てる人もいれば、ただ穏やかに安心して過ごせる場所を必要とする人もいる。その両方が等しく尊重される社会をどう築くかが、次の課題なのだろう。

 

私は、ヘラルボニーの活動をむしろ心から応援しているし、その功績はもっと広く知られるべきだと思う。

 

そして、「障害者とアート」という物語が唯一の居場所であるかのように語られるとき、その物語に入れない人の声が聞こえにくくなる危うさを忘れてはならないと思う。

 

障害者の世界も多様であり、アートの才能の有無だけでその人の価値が決まるわけではない。むしろ、「ただそこにいてよい」と思える環境こそが、根源的な居場所の条件ではないだろうか。

 

障害者アートは、新しい地平を切り開いた。そのことは大いに称賛されるべきだ。

 

しかし同時に、アートが万能ではないという当たり前の事実を見失わないようにしたい。

 

華やかな企業のコラボと、静かな日常の居場所。そのあいだをつなぐのはアートだけではない広がりを作っていくことが、これからの社会に求められているのだと思う。



僕を惹きつけてやまない男の肉体

あれほど憧れていた男の体は触ってみると。

1.想像以上に柔らかい。
男の体だって、ダビデ像のように陶器でできているわけではないのだ。隆々とした筋肉も触ってみると実は柔らかい。
中にはしっとりと吸いつくような肌質の男もいて、僕をより興奮させる。
もっとも柔らかいパーツはふぐり。ふにゃふにゃ。屹立している陰茎と比べてもその柔らかさは際立っている。

2.肌質は千差万別
しっとりとして吸い付くような素肌、程よい乳首もある。
乾燥してかさつく素肌のオトコもいる。一方で、肉厚で血圧も高く、血の巡りも良さそうで、体温も高いオトコの体は最高である。寒い夜に抱かれていたくなるからだ。
線が細くて手足が冷たいオトコもいる。
筋肉も発達していて、ラガーマンのような男がマイクロペニスであることもある。
メガネ男子のような線の細いオトコのペニスが、極太でフェラに難儀することもあった。

3.口回りの特徴は何といってもひげ
髭の剃り跡は大好きである。一方でそられていない髭には嫌悪感がある。口という食物を取り込む器官のまわりに毛が生えていること、剃ろうと思えばいくらでもいくらでも剃れるのに生やしていること、また、男らしさの象徴として生やそうとしているその感覚に嫌悪感がある。
一方で、剃られている髭の剃り跡は好ましい。男同士のキスにお互いの剃り跡が当たるのは、興奮剤であり、また至福の一瞬である。

4.毛の生え方も
陰毛だけでなく、太ももの内側からも毛が生えているのが好ましい。そっと触れば、ふてぶてしい太ももの弛緩した筋肉の肉厚さとともに、チロチロと生えた毛が、普段は戦っている男の肉体の休息時間を表しているようで愛おしい。肉厚さゆえに、ふぐりと密着し、若干蒸れている匂いがたまらない。一晩中顔をうずめていたくなる、オスの凝縮された何かががここから発散されている。一晩中どころではない、死を迎える瞬間には、男の股間に顔をうずめていたい。

5.蟻の門渡りって知っていますか?
ふぐりには中央にまるで縫ったような線が走っている。手術して縫い合わせた跡のようだ。そしてその縫い線は、ふぐりのしたから肛門にまで続いている。この蟻の門渡りを無防備さらけ出し、腰を浮かせて僕を欲しがる時に、興奮は最高潮に達する。男女に分化する際に、この縫い合わせた部分が、女性であれば女性器の割れ目に発達していったに違いないと確信しながら。僕は挿入する。

この肉体は、僕が抱きしめるたびに、新たな発見と官能の扉を開いてくれる。その一つ一つの感触、匂い、そして秘められた線が、僕の奥底に眠る欲望を呼び覚まし、彼との間に言葉を超えた深淵な繋がりを築き上げていく。男の体は、決して完璧な彫像ではない。しかし、その不完全さの中にこそ、生々しい生命の息吹と、僕を狂おしいほどに惹きつける真実の美しさが宿っているのだ。僕は、この無限の官能の宇宙を、いつまでも探求し続けたいと願う。彼という名の、この温かく、柔らかく、そして力強い宇宙を。

 

 

腐らないものが欲しい

「腐らないものが欲しい」のだ。

 

どんなものでも所有の最大の喜びは取得時かもしれない。

食料なんて、すぐに傷む代表例だから、すぐに食べないといけない。

建物は風化し、物質は酸化する。保管すればするほど手間がかかり、時に管理そのものが負担になる。

人は財産保全のために、金や不動産、あるいは美術品やワインに希望を託してきた。しかし、そこには落とし穴がある。

土地は「腐らない資産」と言われることがある。

たしかに、土地そのものは腐ることはない。しかし、それを所有するということは、管理義務とコストが必ずついてくる。

空き地にしておけば、すぐに雑草が伸び、害虫が発生し、近隣からクレームが来る。

固定資産税も毎年確実にかかり、仮に山林であれば不法投棄や獣害のリスクすらある。

建物を建てればなおのこと。10年、20年経てば雨漏りやシロアリ、外壁の劣化が始まる。

定期的なメンテナンスを怠れば、「価値のある資産」どころか、「売れない負債」にすらなりうる。都市部の築40年のマンションなどはその典型だ。

では、物はどうか?

美術品、ワイン、骨董品、いずれも魅力的な「腐らなそうなもの」だ。

だが、現実は厳しい。

湿度が高ければ絵画にはカビが生える。温度管理を怠ればワインは劣化し、木の家具は反り返る。虫喰い、退色、破損、盗難リスク——物は所詮「物理的存在」である限り、時間と共に劣化する。

そして、それを防ぐためには空調や警備、保険といった「持ち続けるためのコスト」が必要となる。持っているだけで安心とは、決して言えない。

現金はどうか。

現金もまた、その価値が減価していく点において、「腐らない」とは言えない。

インフレによって現金の購買力は徐々に低下する。

今日買えたものが、明日には買えなくなる。タンス預金をしていても、その金額自体は変わらなくても、実質的な価値は目減りしていくのだ。金利の低い現代においては、この減価のスピードはより顕著になる。

では、何が腐らないのか?

唯一といえるのが「株式」である。

もちろん、すべての株式が安全というわけではない。経営が傾けば、企業は倒産し、株の価値もゼロになる。しかし、優良企業の株やインデックスを持っていれば、それは腐らないどころか、時と共に「成長」し価値も増加する。

トヨタやマイクロソフト、アップルやコカ・コーラといった企業は、数十年にわたって利益を出し続け、株主に配当や株価上昇という形でリターンを与えている。

しかも、保有していても草は生えない。虫も湧かない。腐らない。物理的な場所も必要ない。スマートフォンや証券口座の中に、無音で、無臭で、静かに価値を育ててくれる。それは、まるで「見えない樹木」が年輪を重ねていくようでもある。

 

株式という資産は、「持ち主が何もしなくても」企業が働き、価値を増やしてくれる。これは他の資産にない、まさに奇跡のような構造だ。

不動産のように草を刈る必要も、美術品のように空調管理する必要もない。もちろん投資先の見極めは必要だが、それすらもETFやインデックスファンドを活用すれば、極めて効率よく「腐らない価値」を手にすることができる。

そして、この「腐らない」という特性は、私たちが資本主義の世界に生きているからこそ享受できる恩恵である。

資本主義は、企業が利益を追求し、成長することで経済全体を拡大させる仕組みだ。企業は常に新しい技術を開発し、より効率的な生産方法を模索し、顧客のニーズに応えようと努力する。

このたゆまぬイノベーションと競争こそが、企業の成長を促し、結果として株式の価値を高めていく原動力となる。もし資本主義という枠組みがなければ、企業の成長は停滞し、株式も他の物質的な資産と同様に「腐る」可能性が出てくるだろう。

私たちが株式から恩恵を受けられるのは、まさにこの資本主義という土台が健全に機能しているからに他ならない。

腐り、朽ち、劣化することは当たり前のこの世界で、腐らないものを探すのは、意外にも簡単である。

株式こそが、唯一腐らず、劣化せず、成長する資産——この時代の「永遠の花」である。

そして、腐らないものを探求する主体である私たち自身もまた、肉体という物質でできており、時間と共に確実に劣化していくという皮肉な現実を忘れてはならない。

加齢とともに、白髪が増え、肌のハリは失われ、体力は衰える。どれほど健康に気を配ろうとも、老化という現象からは逃れられない。この避けられない自身の劣化を前にして、「腐らない資産」を求める行為は、どこか滑稽にも映る。

痔瘻の手術(術後などまとめ)

僕の痔瘻の正式診断名は低位筋間痔瘻でした。

 

低位は、浅いところに瘻管があるということで、比較的深刻でない部類だと思います。

また、単純な一本の瘻管だけで、複雑に分岐していなかったです。

 

事前の執刀医からの説明では、瘻管を切開して開放する術式になる可能性が高いとの事でした。

 

結果は、瘻管を切開開放してくりぬきつつ、肛門括約筋を可能な限り温存するために、瘻管のお尻側の出口である一次孔は縫合したとの事でした。

 

なお、縫合に使用された糸は4-0Vicryl Rapidという吸収糸のため、抜糸は不要でした。

 

また、開放された皮膚側の瘻管跡も、両側それぞれを引っ張り上げるように縫い、底の肉を盛り上げる処置をして、傷口の深さをなるべく浅くしたと言う説明がありました。

 

ただし、この辺になってくると、執刀医の説明を完全に理解できているかは自信がありません。

 

とにかくそんな細かい技法があることに驚きでした。

 

手術翌日の朝から、下半身麻酔が完全に切れてくると、患部の痛みを少し感じるようになってきました。

 

ただし、それは切られた鋭い痛さというよりは、軽い鈍痛というか違和感みたいなものでした。

 

ロキソニンを処方されたので、これを4時間おきに飲んでいる限りはほとんど問題はありません。

 

食欲もあるし、スタスタと歩いて院内を歩いて回れるくらいです。

 

そして、YouTubeなんかでこれが痛いと聞いていたトイレも、手術前の痔瘻があった時と同じくらいの違和感であり、全く我慢できる範囲でした。

 

さらに驚いたのは、ウォシュレットのお湯を当てても、全く痛みはありませんでした。

 

一方で、最初のトイレでは、終わった後に便器を見ると、水が真っ赤に染まっており、これにはびびりました。

 

あまり痛くないけど、出血はそれなりにしているという感じです。

ベッドの下半身部分に特別に敷かれたシーツにも少し赤いシミがつきました。

 

このため持参した下着は履かずに、支給されたおむつと尿漏れパッドのようなものを当てていました。

 

退院日である手術後3日目になっても、尿漏れパッドには、鮮血ではないにしても、水っぽい赤いがシミがつき続けました。

 

手術翌日は、シャンプーだけが可能であり、翌々日から全身のシャワーが可能になりました。

 

このシャワー中に、自分の指でお尻を恐る恐る触ってみると、肛門周囲に触っただけでもわかるくらい、はっきりとこれまでなかったような形になった箇所ができていてびっくりしました。

 

肛門の周囲側に新たに深い溝が一本できている感じです。

 

これが創部だと思います。自分の体の一部の形が自分の知っているのとは全く違う形状になっていると言うのは新鮮でもありました

 

また、試しに肛門内に指を入れてみましたが、そこは全く痛みを感じませんでした。

 

痛み止めの飲み薬であるロキソニン以外には、市販薬のボラギノールのような注入薬も支給され、朝と夕の1日2回注入するように言われました。

 

この注入の際の痛みも怖かったのですが、全く問題なかったです。

 

その後、尿パッドは大きすぎ、またずれるので、看護師さんにお願いしてガーゼをもらい、小さく折って当ててみることにしました。

 

ガーゼの方がピンポイントに患部に当てられるし、お尻の肉で挟めて外れることもないので、結果的にはこちらの方が合っていました。

 

意外と、あぐらかいて座ったりしても、ガーゼが外れる事はありませんでした。

 

入院は4泊5日で、4日目は日曜日だったこともあり患部のケアをする以外は全く暇でした。

そんな中、主治医の先生は日曜日も確認に来てくれました。

 

また、同室の他の2人の患者さんが退院して行ったこともあり、6人部屋をひとり独占でき、手術も終わった中、静かで、ゆったりした日曜日の贅沢な時間の流れを感じるまでにもなっていました。

 

今回の入院にかかった費用は、約77,000円でした。手術の点数は3919点だったので、手術自体は約40,000円です。

 

退院してから、2週間後に診察に来てくださいという指示が出たので、診てもらう予定です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

痔瘻の手術(手術当日)

手術開始時間は14時となった。

 

午前中に手術をするイメージだったので午後開始というのは意外、待ち時間が長いという事は緊張する時間も長いということだがやむを得ない。

 

朝、8時か9時くらいから点滴が開始された。

これで歩くにも、点滴を持ち歩かないといけないので、本格的に病人になった気がする。

 

そして朝食は絶食。

同室にいる患者さんには食事が配られている中、自分には何も配られない。

 

痔瘻の手術の準備では、さっと脱げるようなオムツのような下着と、血栓を防ぐための圧迫が強い靴下を事前に履く必要がある。

 

一方で、予想していた浣腸や、肛門の剃毛、尿道カテーテルはなく、ひたすら午前中はベッドの上でスマホなどを見てダラダラ過ごすことになった。

 

そんな中、看護師ではない病院のスタッフがベッドに来て、「ベッドの上(にある酸素の酸の字が書かれたバルブ)に器具を装着しますね」言ってきて、器具を装着した。

 

何のために装着するのかと言う説明はなく去っていったので、酸素吸入が必要になるという事は、やはり全身麻酔なのだろうかとまた不安が増した。

 

栄養補給の点滴を受けているので、お腹も空かないし、喉も乾かない、またトイレに行きたくもならない。

 

ただし、下剤を飲んだ分は出し切ってしまおうと、点滴をガラガラ持ち歩きながら頑張ってトイレに行って大きい方の用をたしてみたりする。

 

そして、いよいよ運命の14時近くになった。

 

でも全く看護師さんが呼びに来る気配がない。

5分、10分と時間が過ぎていく。

 

そんな中、14時15分くらいにたまたま同室の患者さんのところに来ていた看護師さんの携帯が鳴って、手術部からの連絡結果を告げられた。

 

「14時45分開始だそうです。じゃあ、それまでにトイレに行って、着替えをして、14時40分ぐらいに一緒に手術室まで行きましょう」

 

いよいよである。緊張マックスである。

 

トイレはさっき行ったから、T字パンツに履き替え、血栓を防ぐ靴下を履く。

この靴下、さすがに圧迫することが目的できつくできていて履くのが大変であった。

 

引き出しにスマホなどをしまい金庫の鍵を閉め、手首につける。

 

この鍵は持っていっていいのかと看護師さんに聞いたら、そちらは私が預かりますねと言う返事だったので預けた。

 

14時40分きっかりに、看護師さんとともにエレベーターで歩いて手術室まで向かう。

 

エレベーターの中では、手術は初めてですかー?という緊張をほぐすような会話の中で、やはり僕は麻酔の針のゲージはどれぐらいですかねと聞いてみたりする。

 

看護師さんからは、ちょっと痛いですよ、という手術直前に最も聞きたくないコメントをもらったりした。

 

手術部がある3階に着くと、いわゆるご家族の方はここまでという感じの手術部の自動扉ゲートをくぐり、中で手術担当の看護師さんや麻酔科医師が4名ほどが笑顔で迎え、挨拶をしてくれた。

 

病室看護師さんとの引き継ぎが行われる間は、椅子に座っていてくださいねと言われたので、座って待っていると、手術室看護師さんから頭髪用のネットをつけてくださいと言われ渡されたので、頭につける。

 

見た目的にも一気に手術モードが高まった。

 

そして、昨日の説明の時とは異なる麻酔科医師がにこやかに挨拶してくれたので、ドキドキしながら縋るように下半身麻酔ですかと聞くと、下半身麻酔ですよと回答してくれた。

 

これで気持ちは少し落ち着いた。

でも手術は目前なわけで、リラックスには程遠い変な感覚。

 

そして看護師さんから、名前を言ってください、また今日の手術はなんですか、と言う本人確認の質問があり、自分の名前と痔瘻の手術ですと伝える。

 

このあたりは、過去に市立大学病院で、患者取り違え手術事件があったことの教訓を踏まえてしっかり行われているんだろう。

 

そして、行きましょうと言われて、奥にある3番の手術室に向かった。

 

手術台に横から座ると、早速そこで座ったまま病院着を脱ぐように言われ、全裸になった。

 

ただし看護師さんがタオルや毛布のようなもので前を覆ってくれているので、別に見られても構わない裸を見られることなく手術台の上に横に寝る。

 

続いて、早速、下半身麻酔のために右を向いてエビのように体を丸めてくださいと言われ、指示に従い、背中を横に突き出す。

 

そして、消毒薬が塗られ、もう一回塗りますと念のために二度塗りされた。

 

いよいよ大緊張の下半身麻酔の注射である。

 

看護師さんから、痛い時は体で反応するのではなくて、言葉で言ってくださいねと声掛けされて、さらに緊張してしまう。

 

まずは麻酔のための局所麻酔が打たれた。

 

ほとんど痛くない!

チクっという感じもないくらいでびっくりした。

 

この理由は、本来であれば25ゲージの針で打つところをさらに、細い27ゲージの針を使ったことらしい。

 

僕の海老反りを抱えている目の前にいる看護師さんと、背後にいて麻酔を打っている麻酔科医の会話の中で、先生優しいですねーと看護師さんが、言っていたのが聞こえた。

 

お気遣いに恐縮である。

 

とにかく繰り返しあらゆる人に痛いのが嫌だと言っていた僕に配慮してくれたのだ。

 

続いて打たれた本番の麻酔は針が刺さったところは局所麻酔のおかげで痛くなかったが、中を針が進む時は少し痛かった。

 

言われた通りに正直に痛いですとその場で伝えた。

 

さらにその後は骨に響くような感覚が数秒続く続く。針が刺さる痛さではないので、我慢はできるが、一応、骨に響きますねー、とこれも口に出して伝えてみた。

 

でも全体的には全く採血と同じ程度の痛さの範囲で完了した。僕の痛みへの恐怖が杞憂の中麻酔は終わった。

 

足がじんわりとあったかくなってくる。

事前にYouTubeで学習した通りの麻酔の効き方だ。

 

試しに足指を動かそうと思ったら、まだまだ全然動くし、海老反り態勢からうつぶせに寝るのも難なくできる感じであった。

 

続いて、麻酔科医がアイスノンのようなものを肩に当ててこれ冷たいですかと聞いてくる。冷たいですと答える。

 

次はお尻に当ててこれ冷たいですかと聞いてきた。かすかに冷たさを感じたので、その通りに伝えた。

 

そして足指もまだまだ動くので、もしかして麻酔が完全に効いてないんじゃないだろうか、このまま手術はじまちゃったらと心配になり、一応そのことも伝える。

 

すると、お尻周りを中心に麻酔がかかるようにしてますから、大丈夫ですよという回答があった。

 

うつぶせ寝の状態なので、頭を右に向けるのか左に向けるのかどっちにしようかと考える。

 

そんな僕の動きを見て麻酔科医師がどちらでもいいですよと言ってきた。

 

続いて看護師さんが頭の枕だけじゃなくて、お腹あたりにも枕を1個入れたら楽だから入れましょうかと言ってくれたので、腕を立ててお腹の下に空間を使って枕を入れてもらった。

 

腕を含め上半身は全然動くのだとこの時改めて認識した。

 

このタイミングで執刀医の先生がこられたと思う。

 

いやー、遅れて申し訳ありませんと謝ってきてくれたので、よろしくお願いしますと伝えた。

 

後から聞いたところでは、緊急手術があり、僕の手術開始が遅れていたようだ。

 

執刀医が僕のお尻周りの体勢を確認し始めているのがわかる。麻酔が効いているので痛みはないが、器具で押されたり、足を広げられたりしているのはなんとなくわかった。

 

その間、また頭を枕につけて右を向いたり左を向いたりどっちがいいかなと考えたりしていると、目の前で麻酔科医が鎮静剤液を握り締めているのが見えた。

 

これを点滴に入れられたら眠くなるんだろうな、よし何秒意識が保っていられるか試してみよう。

 

よし、、、

 

と思ったところで、病室のベッドで目が覚めた。手術は終了していた。

 

時間も空間もワープした。でも鎮静剤のせいかあまり考えられず不思議さもあまり感じていなかった。

 

後から振り返ると、まるで全身麻酔で受けたような感覚だ。

 

そして足元を見ると、両足には布団乾燥機のようなものがつけられて、ブシュ、ブシュと血栓予防のためか足をマッサージしてくれている。

 

また左腕の点滴に加えて、右手の人差し指には心電図モニターのようなものもつけられていた。

 

これらの器具が装着されたことも全く記憶にない。

そして下半身はやはり意識がない。

 

足の指は、、少し動かそうと思えば動かせる感じ。

 

そして肝心の肛門患部も全く痛みは感じない。

 

あ、と思って動く両腕で確かめてみたところ、尿道にはカテーテルは入れられておらず、ほっとした。

 

この後はやたらと眠いのか、こんこんと眠っては起き、また夜もこんこんと眠っては起きのような感じを繰り返していた。

 

それでも、肛門周りの痛みはほとんどというか全くなかった。

 

 

痔瘻の手術(診断編)

痔瘻の手術の前には、大腸内視鏡検査とMRI検査が必要になる。

 

大腸内視鏡検査は痔瘻の原因がクローン病でないかを確認するため。

MRI検査は瘻管の形状を確認するためらしい。

 

この大腸内視鏡検査の予約がなかなか取れない。

 

このため、別の予約が早く入れられるクリニックに行き検査を受け、ある病院を紹介してもらい診察を受けたが、経過観察というような納得のいかない診断になった。

 

どうせ手術をする必要があるのであれば、早く済ませてしまいたい。

また、放っておくと癌化の可能性もあるなら早いに越したことはないだろう。

 

この頃は、日中の症状はほとんど感じていなかった。

座ってても歩いてても違和感はなく、痛みはほとんどない。

 

ただし、トイレで小用をするときに、膨らむような違和感や、風呂であったまったときに、触るとすこし膨らんでいたりという症状がある。

また、たまにチリッと痛痒さを感じることがあった。

 

あと、膿が瘻管からごく少量でも出続けているのか、下着に小さなシミがつくとともに臭うことがあった。

 

職場のチェアの座面をくんくん嗅いで確認したら、なんとなーく、あの破裂した膿っぽい匂いがついている気もする。

 

これは、他の人に臭いで迷惑をかけたらまずい。臭う人と思われたら羞恥の極みだし。

もちろんあからさまに指摘されることはなかったけど。

 

つまり、痛みがひどいからというよりは、総合的に根治しないとまずいという感じだった。

 

でも早期の手術を決断した僕は、あらためて最初のクリニックで別の病院を紹介してもらい、2週間ほど先の日付の手術を予約することができた。

 

その病院では、その場で同時に血液、心電図検査も済ませ、クリニックのMRIデータを渡し、手術の予約が確定した。

 

入院日程は4泊5日の予定で、手術は2日目だ。

 

先生に執刀よろしくお願いしますとお願いしたときには、あんなに手術のみならず医療行為が嫌いな自分がこんなことを言う出す日が来るとは、、と変な感慨が湧いた。

 

その後は仕事を続けつつ、ちょこちょこ入院準備の買い物をする。

 

といっても、シャンプーセット、夜寝る時のアイマスク代わりの濃い色のタオル、追加の下着を買ったくらいだった。

 

旅館の浴衣も足元がはだけるのが苦手なくらいなので、最初はスウェットで過ごそうかと思いつつ、レンタルの病院着には甚平型もあったのでレンタルにした。

 

やはり毎日取り替えてくれるレンタルの病院着は便利だった。タオルもレンタルにした。

 

また、病院の1階にコンビニがあり、食料以外にも入院生活に必要な下着、スリッパ、スキンケアセットなどたいていなものは揃っているので、シャンプーを買っていくのも不要だったくらいだ。

 

一方で、持参すればよかったなあと後悔したのは、ポシェットとかウェストポーチみたいな小型のバッグだ。

 

コンビニ決済のスマホを持ち歩くにしても、病院着は薄いポケットがあるくらいで、重いスマホはなかなか入れづらい。

 

コンビニでそれらしきものを探したものの、紙袋くらいしかなく、結局いつもスマホを手で持ち歩くしかなかった。

 

あと意外なのは、病院食を食べるための箸、スプーン、フォークは持参しないといけないこと。

コンビニでセットも売ってるし、街中と同じく割り箸は一応もらえる。

 

入院1日目は、10時に病院で受付してくださいとのことだったが、すこし遅れて着いてしまっても全く問題なく、僕の場合は術前の検査は済ませているので、ベッド周りに荷物を広げるとやることはない。

 

6人部屋だけど、患者は僕を含めて3人で、空いているのもラッキーだったし、僕のベッドが窓側とは反対だけど、片側がロッカーの前でスペースがあり、また小窓が付いていてなんとなく余裕があるのもラッキーだった。

 

その日は春本番の日で、小窓の外は晴れた春の街並みが広がっていて、これには相当勇気付けられた。

 

やはり旅行と入院の初日は天気次第で相当印象が違う。

 

ベッドでゴロゴロしていると、看護師さん、栄養士さん、手術室看護師さんなんかが次々と来てくれて挨拶をする。

 

麻酔科医の説明は、麻酔科外来ではなく、いわゆる手術室のゲートをくぐった中にある問診室で聞く。

 

ここが明日手術の時に歩いて来る場所だと思うと、緊張と共にイメージの練習にはなった。実際のオペ室はもっと奥にいくつか並んであるので見えなかったけど。

 

ところが、この麻酔科医師の説明が衝撃だった。

 

いきなり、全身麻酔の予定です、、とかで説明がはじまったのだ。

 

え、え、え、!?

 

手術を予約した際の執刀医の説明では下半身麻酔って聞いてたんですけどって言ったら、確認に行って、戻ってくると、説明書の下半身麻酔にもチェックがされることとなった。

 

ただし、全身に切り替えさせていただくこともあります、と言う説明書の記載は残ったまま。

 

全身麻酔と下半身麻酔では、体の負担も気持ちの準備も天と地ほど異なるんじゃないだろうか。

 

YouTubeで事前学習に繰り返し見たのは下半身麻酔の動画ばかりだったし。

 

この麻酔科医師は名前からして外国籍の医師っぽく、日本語は完璧だけど、淡々とした抑揚のない話し方で、表情も能面で寄り添う感じもない話し方だった。

 

完全に納得はしていないけど、ここで怯んではならぬと、麻酔の針の太さも聞いてみる。

返答は20ゲージかな、とかいう適当な感じだった。

 

このやりとりが聞こえていたのか、横のブースから別の日本人医師が顔を出して、25ゲージ!とツッコミが入った。

 

25ゲージなら採血の針の太さ並み。

18ゲージとかの太いのでなくてよかったよ安心してホッとした。

 

さらに、とにかく痛みが嫌いな僕にはもう一つ重要なリクエストがある。それは麻酔を打つ前に鎮静剤を入れて欲しいということ。

 

採血ならまだ慣れているけど、下半身麻酔は背中に打つ。そんな未知の部位に25ゲージといえども針を刺されるのは恐怖でしかない。

 

外国籍の麻酔科医師は淡々とこのリクエストをメモってくれていたものの、明確な返答はなく、説明は終了した。

 

ベッドに戻ると夕方には執刀医が来てくれた。

正確には廊下ですれ違い、もしかしてと声をかけたら執刀医だったので、立ち話の形になった。

 

念の為、全身麻酔の可能性を麻酔科医師の説明で言われたと伝えると、一般的な説明だから大丈夫ですよ、という反応だった。

 

その後、執刀医はなぜかもう一回ベッドに来てくれて、「修行だと思って頑張りましょう」と励ましてくれた。

 

ちなみにこの執刀医自信も痔瘻手術を受けたことがある、と後から知ることになった。

 

翌日の手術に備え、午後から液体の下剤を飲み始め、重湯と具なし汁みたいな、ほとんど液体の夕食をとり、錠剤の下剤も飲み、21:30の消灯を迎えた。

 

同室の患者さん2名は、抗がん剤投与中らしい。

 

消灯後もこの2名と看護師さんの往来ややりとりが夜中も何かとあり、又自分も下剤中なので、ほとんどまとまった睡眠はとれない状況だった。

 

23:30くらいにトイレに行くと下剤の効果でだいぶ出たが、全てではない感覚があった。

 

明け方にもう一度トイレに行くと最後は水のような便だった。でもまだ残っている感覚はある。

 

まずいなあ、と思いつつ手術当日朝を迎えた。